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  12:「Ta 'na La= Day Is Come」ポゥドリギン・ニ・ウーラホーン

O:ポゥドリギンは先ほどのラ・ルーのエイスネのお姉さんです。アイルランド語の歌の優れたうたい手で、忘れられた歌やあまり知られていない歌の発掘もたくさんしています。この歌はマキュオン一族に伝わるヴァージョンだそうです。ひょっとするとスーザンとも血のつながりがある歌かも知れません。

 

13: 「ザ・レスティング・コアー」「サンダンス」ショーン・マグワイア

M:正統派の歌がつづいたところで「外道」を聞いていただきましょう。本人は、自分のフィドルはカヴァン・スタイルだと主張しているんですが、そんなフィドル・スタイル誰も聞いたことがありません(笑)。クラシックの演奏技術をこれでもかと「クサく」使い倒した演奏を得意としていて、第二次大戦後アメリカで人気者になりました。カーネギー・ホールでリサイタルを開いたり、エド・サリヴァン・ショーに出演したりしています。

 

14: 「ザ・スラッシュ・イン・ザ・ストロー/ア・ヘルス・トゥ・ザ・レイディーズ/ザ・ボーイズ・オブ・ザ・タウン」ケヴィン・バーク

M:親子3人(マーフィ・ファミリー)で吹く3本のハーモニカが、バグパイプを模している演奏で、名フィドラー、ケヴィン・バークが自身のアルバムに入れているトラックです。フィドルはハーモニカの中に溶け込んじゃってますね。フィドルは、パイプともジャバラとも、さらにはハーモニカとも相性がいいんです。

 

15: 「ザ・メイド・ビハインド・ザ・バー」ライト・ブラザーズ

M:限りなく本流から外れていって、帰ってこられなくなった人たちです。

S:カタカタ鳴ってるのはスプーンですよね。

M:はい。重要なのは、主役のメロディ楽器が口琴(ジューズ・ハープ)であるということ。口にくわえ、唇や頬の形を変えることによって音程を出すあの楽器で、メロディを奏でているんです。

S:これはある種名人芸といえますね。

M:まあそうなんですが、需要がないのが問題です(笑)。録音は74年で、ライト兄弟はこの1曲だけで姿を消しました。その後どうなったのか、ネットで調べてみたんですけど、長男はパリで“口琴”コレクションの博物館の主任をやっているみたいですね。天職を見つけた、というところですか。

O:口琴ってやった人はわかるんですが、倍音が頭に響いてとても気持ちいいらしいですよ。

S:ホーミーにも近いですよね。

 

16: 「モリー・ボーン」スージー・ニールセン

O:ここから歌に戻ります。彼女は生粋のデンマーク人です。アイルランドには各大学に伝統音楽を教えるコースがありますが、その草分けであるコーク大学の講座を作ったミホール・スーラウォーンがリムリック大学に移って講座を開設しました。スージーはそこで音楽を学びました。先ほどのポゥドリギンの弟子でもあります。英語で歌うアイリッシュ・ミュージックです。

S:ピアノはアイリッシュにはあまり使われませんね?

O:使われないこともないですよ。ケイリー・バンドとか。

S:さっきのP.J.ヘイズみたいな?

O:そうですね。ただこういうピアノはないですね。こんな伴奏のつけ方はアイリッシュでは出てこないです。

M:アイリッシュは基本的には「空間恐怖症」なんですよ。音が無くなるのが大嫌いなんです。デンマーク人は逆に空間大好きみたいなところもある。

O:北の感じ、というか音が張りつめた感じがありますね。英語の発音もかなり違います。アクセントとか……僕なんかにはむしろ魅力ですが、デンマークはゲルマン系でアイルランドはケルト系だから、まったく違うわけで、感性の違う人がやってもこういう具合にできる、という実例です。

 

17: 「Rugadh Orm I g Corcaigh」ジョン・スピラーン

O:コーク生まれのシンガー・ソングライターです。これはオリジナル曲ですが、このアルバム“Realta”はアイルランド・ソング・コンポジション・コンテストの作品で、ドラムスはキーラのローナン・オ・スノディです。

S:アイルランドの放送局が主宰したコンテストですね。

O:アイルランド語を日常語にする人口は減っています。しかし90年代後半あたりから、アイルランド語(ゲール語)がカッコイイものとしてファッション化しました。若い夫婦などは、わざわざアイルランド語が生きている地域に引っ越して子供に習わせたりしています。

M:子どもにアイルランド語の名前をつけちゃうんですよね(笑)。

O:第二次大戦直後はカッコ悪い田舎の言葉で、時代から遅れていると考えられたんですけど、今は逆にむしろステータスになってます。

M:なんでゲーリック(アイルランド語)がカッコ悪かったかというと、アイルランドという国が貧乏だったからです。で、どんどん海外に人々が出ていったんですが、大量に出ていったところでは古いタネが新しい育ち方をする、というようなことが起きました。次はその一例です。


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