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  11: 「ドウテ」 08001

I:08001はバルセロナの郵便番号で、それをグループ名にしたものです。『ラバル・タ・ジョイエ』というアルバムからの曲は『バルセロナ・ラバル・セッションズ』の1と2にも入っていて、オホス・デ・ブルッホを別格としたら、08001が一番ラバルらしいミクスチャー・バンドといえます。

ラバルという場所にはインド人がたくさん住んでいて、とてもエスニックな歩いて楽しい地域なんですけど、ラバルの中にクラブがあったりレコード屋がたくさんあったりするわけではありません。ロンドンのブリクストンやパリのバルベスのように、移民街が直接音楽の現場になっているところはたくさんあるんですけども、ラバルはひじょうに象徴的な場所ではあるんですが、『バルセロナ・ラバル・セッションズ』に入っているバンドのなかで、じっさいにラバル地区にスタジオを持っているのはこの08001ぐらいなんです。

Julian Urigoitiaと23人のミュージシャンのコラボレートでできているバンドで、曲によってレゲエ、ダブ、フラメンコ、エレクトリカ、トリップホップなどが混ざり合っていて、アルバム全体が醸し出す多国籍な雰囲気も含めてバルセロナを象徴するバンドだと思います。

S:かなり音響処理というか現代的な処理をふんだんに取り入れてますよね。そういう技術面とかはぜんぜん遜色ないんですか?

I:今のはなるべくかっこいい曲を選んだわけで、やっぱり"遜色はあり"ますよ。あるんだけど、それでも他の都市にはないバルセロナのかっこよさ、街自体の魅力やアティチュードが強く出ていて、補ってあまりあると思います。

 

12: 「クイダード」ブラック・ボードレール

N:今のバルセロナのオルタナティヴな音楽を引っ張っているエンジンというのはたぶん2つあって、ひとつはルンバ・カタラーナのストリート化、もうひとつが08001に表れているようなマグレブとかブラック・アフリカからの移民の存在だと思うんですね。

これは “ 黒いボードレール ” 、フランスの詩人の名前から取ったんだと思うんですけど、大向こうを張ったユニットで、ババっていうセネガル出身のラッパーをフィーチャーしています。彼らはフランスでスペイン人とフランス人の混成バンドに出会ってバルセロナにやってきたそうです。

この曲はオホスのシンガー、マリーナをフィーチャーしてますが、ほかにも08001のメンバーとか、パンク・レゲエ系のバンド、チェ・スダカのメンバーとか、まさにラバル・セションズという名にふさわしいと思います。フレンチ・ラガマフィン・シーンを代表するというモロッコ人DJなどもゲスト参加しています。

 

13: 「幸せを分けてくれ」チェブ・バロウスキ

I:いかにもバルセロナ的ミクスチャー音楽ですね。子供時代をラバルで過ごした仲間が集まったバンドです。彼らも『バルセロナ・ラバル・セッションズ』の1と2に1曲ずつ入っていますが、単独アルバムは日本盤でも出ていて、その『プロゥ・プロン(ムシケータ・ケ・エナモラ)』からの曲です。ヴォーカルはアルジェリア人でライに近い節回しで歌うんですけど、曲によってビートは何種類かあって、『2』には環地中海音楽をレゲエのリズムで締めたような曲が入ってるんですけど、この曲は聴いたことのない不思議なビートが面白くて選んでみました。

S:ちょっとヘン拍子系で、ニュアンスが違いますね。

I:アルバムの中でこの曲だけがヘンなんです。

S:わりと定型のビートが続いていたので新鮮でした。

 

14: 「バリオ・チーノ」バルチーノ

I:コロンビア人のベト・ベドーヤ、アルゼンチン人のマルティン・フックス、イタリア人のDJマックス、ブラジルはサンパウロ出身のカンタオーラ、ソル・ブラジルら、マカコ関係者も多く参加した混成ユニットです。

バルセロナのラバル地区の中でも、もっとも港寄りで治安も悪いとされていて、 19 世紀末以来の娼婦街としても知られるバリオ・チーノという地区の名前をユニット名と曲名に織り込んでいます。アラブ訛りのスペイン語で「これからはバルセロナの音楽とアラブ音楽やベルベルの音楽とのミックスが進んでいくんじゃないか」と語ってから曲はスタートして、その言葉を裏付けるようなミクスチャー・サウンドを展開してます。このユニットのアルバム・リリースは間もなく予定されています。

S:「チーノ」って中国と関係あるんですか?

N:曲名は「中国人街」という意味なんですが、中国人がいたわけじゃなくて、ジャーナリストが「チャイナ・タウンみたいに危ない雰囲気だ」って書いたのが広まったそうです。

I:バリオ・チーノはラバルのちょっと下のほうなんですけど、その2つはセットみたいな感じですね。娼婦が今もいますよ。バスクもガリシアもアンダルシアも、スペインは四隅の地域が中央とちがう文化を持ってますが、とりわけバルセロナが面白いのは移民が多いからですね。大都市特有の移民がいてざわざわする感じがバルセロナの音楽には反映されています。この4〜5年のあいだに移民が増えたのには、通貨がユーロに統合されたのが大きいとおもいます。

あとバルセロナは景気が良くて、郊外にどんどん安っぽい団地が建てられています。そういう郊外の風景が好きで、たくさん写真を撮ってきました。そういうところを歩いているとターバンを巻いたインド人が歩いてきて、「どっから来たの ? 」なんて話をしたりして、"団地とインド人"というのが僕のバルセロナのイメージなんです(笑)。

 

15: 「カダ・ビーダ・エス・ウン・ムンド」メエナ・スプレメ

I:冒頭にシタールが使われていますが、突然ハワイアン風ラウンジ・ミュージックになる偽インド音楽です。ヴォーカルはStefanie Ringesという人で、ジャケットではインド人っぽい格好をしているんですが、じつはバルセロナに移住してきたオランダ人です。

ラバルにはインド系移民が最も多いこともあり、これもまたバルセロナ的な音楽のひとつです。イギリスとちがってバルセロナ産のエイジアン・ミュージックってじつはまだ出来てないんですけど、『バルセロナ・ラバル・セションズ』の3とか4が作られるとしたら、インド系の音楽がたくさん入ってきそうです。ほんもののバルセロナ産インド音楽も近々現れて来るでしょうね。

S:これは偽インドっていうかモンド・エキゾっぽいラウンジ系ですね。

 

16: 「シー・ミー・ダイング」ゴー・レム・システム

N:いままで移民ネタでもブラック・アフリカとかマグレブ、それにインドだったんですが、今度は南米で、言うまでもなくカリブ海や中南米には広大なスペイン語圏が広がっていて、ラテンアメリカからももちろん、多くのバンド/ミュージシャンたちがバルセロナに拠点を移してきています。ちなみにラテン・アメリカ出身者のことをスラングで “ スダカ ” と言います。

ゴー・レム・システムはアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで結成したバンドで、2000、2001年にアルゼンチンで2枚のアルバムをリリースしたあと、2001年5月にバルセロナに移ってきました。曲はバルセロナに来てからの1作目で、マヌ・チャオがゲスト参加しています。

 

17: 「コラソン1」コスト・リコ

I:マヌ・チャオ的に、レゲエ、スカ、ラテンをミックスしたバンドの曲で、『 Barcelona Zona Bastarda 』に収録されていた曲の別ヴァージョンです。去年バルセロナに行ったときに彼らのスタジオに一回遊びに行きました。バルセロナの移民のなかでもとりわけ多いのは、じつは中南米からの移民でしょう。

スペイン語圏の歴史的な横のつながりはすごいなと思うところでもあります。たとえば『バルセロナ・ラバル・セッションズ』の第2集に参加しているミュージシャンのプロフィールをチェックすれば想像できます。そして実際にミュージシャンの溜まり場のようなスタジオを訪ねてみると、その実態がよく判るんです。

コスト・リコはそういうさまざまな人脈が入り乱れているバルセロナの今を典型的に示しているバンドですね。ぼくが彼らのスタジオを訪ねた日は、コスト・リコのメンバーが中心となってアルゼンチンから移り住んだミュージシャンが加わったセッションが繰り広げられていました。

S:名前はコスタリカを連想させますけど、サウンドはジャマイカですね。

I:レゲエのビートが入ってるバンドは世界中どこにでもたくさんいますからね。

 


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