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  18: 「嫌悪」ヌーブラ

I:バルセロナ音楽でなにをきいたらいいか、ってよく訊かれるんですけど、まずは『ラバル・セッションズ』が便利です。オホス・デ・ブルッホは今日のお客さんなら持ってると思うんですけど、それ以外だと『 2 』にも入ってるヌーブラは奇跡的にすばらしいと思いますね。ちょっとアブストラクトでブリストル的でもあって、サウンド・プロダクションの洗練度も極めて高いです。

ただ、ここが難しいところなんですけど、完成度が上がっていくと町のざわめきが消えていってしまうんですね。女性シンガー、ルシアーナ・カルレバードのパーソナル・プロジェクトで、この人はバルセロナ生まれですが、イタリア、スペイン、レバノンの血を引いているそうで、ものすごい才能だと思います。オホスのバック・コーラスもやっていたそうです。まるでエリカ・バドゥのような声がキュートです。

N:このアルバムはさきほどかけたマカコのレーベルから出ています。

 

19: 「ホディーダ・ペロ・コンテンタ」ブイカ

I:マジョルカ島出身でギニアとヒターノの血を引く女性シンガーです。ジャケットを見るとエリカ・バドゥふうのルックスなんですが、ヒターノっぽい発声の歌を歌うところにびっくりしますね。バルセロナ的な混血感がすごくある人です。

S:このヌーブラとブイカの二人はサウンド・プロダクションも完璧だし、たしかにバルセロナ以外でも聞こえてきそうなサウンドですね。ブイカはメジャーから発売されているんですね。さすがです。

 

20: 「革命はテレビ向きじゃない」チョカデリア・インテルナシオナール

I:これまでとはちがって全員生粋のカタラン人の7人組です。彼らの音楽はあんまりワールド・ミュージック的じゃないというか、ロックとかファンクとかそういう系統の音楽です。ティーンエイジャーの時にフランスのFFFやマノ・ネグラ、マヌ・チャオ、つまり英語圏以外のロックを聴いて衝撃を受けて、俺らも行けるぞと思って音楽を始めたそうです。

彼らのスタジオは4つのバンドが共同で持ってるところで、冬でも暖房器具がほとんどなくてとても寒いのでシベリア・スタジオと呼ぶようになったそうです。そこを訪ねていかにもカタラン人らしくタラタラとレコーディングしているところを見てきたんですけど、じつはルンバ・カタラーナがすごく好きらしくて、ルンバ・カタラーナ関係の話をたくさん聴かせてくれました。

ロックやファンクといっても、カタラン人らしい良い意味でのいなたさというか、プロダクションの完成度は高いわけじゃないけど、その低さ具合にカタラン人らしさを感じます。直接会ったらとても好きなバンドになりました。この曲はギル・スコット・ヘロンのカバーです。

このアルバム『ランチョリー』はマドリッドでの地下鉄テロが起きる直前に作ったものなんですが、彼らはけっこうポリティカルで、当時政権を握っていた親米のアスナールに対するプロテスタント的な内容の曲も入っていました。アルバムが出たらアスナール政権が倒れちゃったんですけど。

 

21: 「マイ・ラヴァー」ラ・キンキー・ビート

N:このラ・キンキー・ビートもチョカデリアと同じで、マヌ・チャオのようなロックに影響を受けて2003年にバルセロナ郊外で結成したバンドです。レゲエ、ロックステディ、ラガやヒップホップ、ブレイクビーツ、あるいはラテンやファンクを駆使したサウンドで、英語曲もこなします。

元々のメンバーにはマヌ・チャオのバック・バンド、ラディオ・ベンバの人がいたりしたようです。この曲はレゲエが基調になってますが、後半にヤシームっていうチェブ・バロウスキのアルジェリア人ヴォーカリストが出てきて、みんなが入り乱れてガチャガチャやってるっていうラバルの感じが出てますよね。このアルバム自体はリミックス盤も出ていて、オホス・デ・ブルッホのDJパンコやフェルミン・ムグルサがリミックスをやってます。

 

22: 「ルンバ・デ・バルセロナ」マヌ・チャオ

S:最後はこれしかないだろう、ということで、マヌ・チャオの登場ですね。

I:マヌ・チャオはマノ・ネグラ以来の長いキャリアがあるし、マノ・ネグラ自体がバルセロナ的なミックス感覚を先取りしていたとも言えるわけですが、現実にマヌ・チャオがバルセロナに移り住んだことが、やっぱりいろんな形で今のバルセロナ音楽に影響を与えていると思います。オホスのメンバーは「いや、関係ないよ」って言うんだけど、いろんなところにマヌ・チャオの痕跡がちょっとずつ出ていますから。

彼本人は2002年に『ラディオ・ベンバ・サウンド・システム』というアルバムを出して以来ちゃんとしたオリジナル・アルバムは残念ながら出してないんですけど、たとえば去年話題になったマリの盲目の夫婦デュオ、Amadou&Mariamの『Dimanche a Bamako』(2004)をプロデュースしていたり、あちこちで名前は見ますね。

S:このところプロデューサーとしての動きが多いようですね。彼はもともとパリ生まれですか?

N:ガリシア人のお父さんとバスク人のお母さんがいて、パリで生まれた人です。

I:マノ・ネグラが出てきたときは、フランスのクラッシュって言われたんですよね。ロック・ファンの人はクラッシュの初期ばっかり評価しますが、晩年のジョー・ストラマーのメスカレーロスの活動のミックスぶりを僕はすごく評価してます。とにかマヌ・チャオは、バルセロナを語るときには外すことのできない人です。新作がないので2002年のアルバムから選ばざるを得ないんですけど、そのものずばりのタイトルで景気の良い、最後にふさわしい曲です。



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