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  12: 「ハイサイおじさん」喜納昌吉&チャンプルーズ

K:この曲は我が音楽人生の中でも、インパクトのデカさでは片手に入る、ベスト・ファイブのひとつです。

S:これは何年頃でしたか?

K:沖縄でヒットしたのは71年ごろだと思います。私が出会ったのは74年だったかなあ。

S:74年というと久保田さんが夕焼け楽団で最初のアルバム『サンセット・ギャング』を出された年ですね。

K:そうです。そのちょっと後ですね。八重山を旅行してまして、マイクロバスに乗ってたらカセットでこの曲を流してたんですよ。調べたら、喜納昌吉とチャンプルーズだった。食べものの名前をバンド名にしてる。しかも「チャンプルー」って「ミックス」って意味じゃないですか。これがけっこう「来た」んです。でね、「この人、どこにいるの?」って訊くと、みんな「会わないほうがいい」って言うんだよね(笑)。喜納三味線店の長男でお坊ちゃんなのにね。実際その頃は本人もお隠れになってたみたい。なんか悪いことしたらしくて。

結局その時は会えなくて、今かけたオリジナルのシングル盤を3枚だったかな、マルフク・レコードで買った。帰ってきてみんなに聴かせたら細野晴臣さんだけが感動してくれて。ちょうどはっぴいえんどの後で、良いタイミングだったんですね。これに刺激されて次の年に細野さんは『トロピカル・ダンディー』っていうアルバムをつくり、私は細野さんにプロデュースを手伝っていただいて『ハワイ・チャンプルー』を作ったわけです。ああ、こうやって自分達のアイデンティティと、今までもらってきたロックを混ぜるんだ、っていう、そのプロトタイプができたなって思いましたね。ものすごいインパクトでした。

S:そもそも沖縄に行ったきっかけはなんだったんですか?

K:初めてハワイ行ったら、すっごい強烈なアジアを感じまして、それでアジアを見たいなって。台湾はダメだったんですけど、沖縄は結果的に大当たりだったというか。

 

13: 「花(すべての人の心に花を)」喜納昌吉&チャンプルーズ

K:80年に彼らの『ブラッド・ライン』っていうアルバムをプロデュースしまして。ライ・クーダーを呼んで、ハワイでセッションしたんですけど、この時はかなりドタバタした録音で、すっげえおもしろかったな。昌吉はユタにはまっていて、ときどき一種のセミ・トランス状態に入ったりするんですよ。で、録音がちょっと煮詰まるとメンバーつかまえて「おまえのユタがどうのこうの」みたいな話を始めちゃう(会場・笑)。こっちは全然わけわかんなくって。録音止めて待ってると、そのうちなんだか大騒乱になってる(笑)。まあ、それだけスピリチュアルなバンドだったんですね〜。

S:なるほど。

K:そのうちにね、全員で車座になってコンコンコンコン床をたたき出した。それが見事なカチャーシなんですよ。トランス系の1拍子。つまりグナワのカルカベの生リズム、ブギウギですよね。(テーブルを叩きながら)これをずっと30分くらい叩き続けてる。それで、リズムがひとつになるともう全員が泣いて抱き合う。そうするといきなりコントロールルームに昌ちゃん(昌吉)が来て、「みなさん、すみませんでした。もうこれで大丈夫です」なんちゃって。

でもまた演奏がなんだか気に入らなくなると中断して、でまたスピリチュアル・セッションが始まる。こっちは待ちくたびれてうとうとしてるわけですけど、「ちょっと悪い霊がいたんできれいにしました」って。「お前だろ!」とか言い返したくなる(笑)。このときはそういうことが何回かありました。その後「♪畑で蛙ちゃんがコンニチワ〜」なんていう歌になるわけですよ。すばらしかったです。

このアルバムはトーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンにカセットあげたら、アメリカでずいぶんたくさんの人に聴かせてたみたいですね。あの床たたきを録音しなかったのが、後悔されます。今時のハード・ディスク録音なら間違いなく録ってますね。

 

14: 「Pom Pom蒸気」細野晴臣

K:この軽いタッチを、細野さんは「オッチャンのリズム」と呼んでたんですね。

S:細野さんご自身がそうおっしゃってたんですか?

K:そうです。そのまま歌詞になってます。林くんていう名ドラマーがいましてね、

S:林立夫さんですね。

K:そうそう。すごいいいロックのドラマーなんですけど、細野さんが「そうじゃないんだ、訛ってくれ」と。それを説明する時に「オッサンのリズムで行こう」って言ってたんですよ。細野さんの名コピーですね。そういえば、このリズム、オッサンの感じしますよね。ステテコステテコって言ってるように聞こえません? 声も素晴らしい。人徳だよね。これ、スティール・ギターはいつもの駒沢(裕城)君じゃなくて、僕がプロデュースしたオレンジ・カウンティ・ブラザーズの谷やん(谷口邦夫)です。みごとにカントリースイング直系ですね。

 

15: 「朝の光」裸のラリーズ

S:これぞ、久保田さんのプロデュース第1号作品! 水谷孝のグループですね。

K:70年。私の同志社大学時代です。これ、私はギターも弾いてますね。

S:もうこの音源は手に入らないですよね?

K:そうですね、CDになったのはもう10年ほど前、5000枚限定ですから。音、なかなかいいですね。他のアルバムも同時に出て20000枚瞬時に売れて、そのままです。今は20万円以上の値段がついてるので、海賊版は多いみたいですけど。
録音は大学の放送局です。徹夜で5、6曲録ったのかな? 私は「宅録小僧」だったっていうか、おばちゃんの下宿でずっとギター弾いて、録音してたんですけど。

S:ラリーズのメンバーはじつは……

K:オリジナル・メンバーは3人とも赤軍だった。みんな赤ヘルかぶって。主役の水谷くんは軽音楽部を批判して、抜けてった。そのあとですね、よど号事件があったのは。オリジナルメンバーの一人はハイジャック犯です。

S:すごい話ですね。

K:ええ。なんだかんだで濃すぎる時代だったんですよ。当然その3人のラリーズは解散ですよね。同志社のキャンパスの中で水谷くんに会ったら、ぽつっと「疲れちゃった」って。そりゃ疲れるでしょうね。「ちょっとアコースティックのをやりたいんだ。手伝ってくれ」って言われて。まあ、おもしろいキャラクターでね。謎の人。ラリーズのメンバーとしてライヴもやりました。この後すぐアメリカに行ったんですけど、2年くらいやってましたかね。夕焼け楽団を始めた時もまだラリーズやってて、同じコンサートに両方で出たこともあります。かたっぽではハンク・ウィリアムス歌いながら、もうひとつのライヴでは“ギュイ〜ン”ってフィードバックを鳴らしてたわけです。

S:それもすごいですね。ラリーズってノイズ・ミュージックに分類されちゃってま
すが、どうだったんですか?

K:基本的にはフィードバックが鳴ってすからねえ。でもドラムとベースがあるんで一応ロックですけど。ラリーズは、私にとっては尋常でない音を出す音楽の訓練になったバンドですね。

S:なるほどね。一種の学校だったんですね。

K:だから水谷くんには感謝してますよ。今はどこにいるのかも分かりませんけどね。電話ではもう十年前に1時間くらい話したことがある。なんだか言葉がおかしかったな、外国語風になってて(会場・笑)。

 

16: 「ボコシェー」
      バーデン・パウエル&ヴィニシウス・ヂ・モライス

K:じつは大学時代、ロックの前にボサノヴァ・バンドをやってまして。もともとジャズが好きだったので、きっかけはゲッツ・ジルベルト。セルジオ・メンデスが世界を席巻して日本にも来た頃ですよね。

それと『アントニオ・ダス・モルテス』っていうグラウベル・ローシャ監督の映画、マカロニウェスタン仕立ての殺し屋の話なんですけども、これがすごいかっこよかった。その映画とともに、この1枚っていうと、私の場合アントニオ・カルロス・ジョビンやジョアン・ジルベルトじゃなくて、このバーデン・パウエルとヴィニシウス・ヂ・モライスの共作で、その頃の私の脳ミソに一番深い傷をつくったアルバムです。

久しぶりに聴いてみたら、やっぱり、この音質も含めて、そうとう自分には影響があったんだなあ、と。アメリカでグレイトフル・デッドだ、ウッドストックだ、って騒いでた時に、南半球ではこれだった。ポリリズムというか、これも3連っぽいな。リズムは多分カンドンブレっていうアフリカ系のトランス宗教ですよね。メロディもかな。

タイトルは『アフロ・サンバ』なんですけど、ブラジルって、なんでもかんでもルーツはアフロだ、って言いがちなところがあるんです。確かにこの曲はアフロ色強いですけどね。でも真性のアフロじゃない。なんていうか大西洋をまたいだ感じの音楽をつくってる、黒でも白でもないブラウンな怪しい人たちなんです。カンドンブレの神様かあ……なんかいいな〜。言葉出ないですね、これは。

 

17: 「ヴェント・コレドー」チネー

K:さっきの映画とかバーデンとかが刺激になって、このところブラジル通いをしてるんですけど、その2年目にコンピレーションCDをつくろうということで、日本に紹介した中の1曲です。チネー君っていうのはまだ20代のパーカッショニスト兼シンガー・ソングライター。存在としてはライ・クーダーみたいなやつで、けっこう曲者ですね。この曲はデュエットなんですけども、そういうヴァン・ダイク・パークスのような相棒もいて、ちょうど70年代前半のバーバンク・サウンド・シーンのような人脈があってそれが機能してる。まだまだ無名ですけども、音楽の素養がちょっと半端じゃない。若くして才能がある人です。これからどうなるか楽しみですね。なみなみならぬ歴史的な音楽を背景に持ちながら、この不思議な音楽……。

音階的には、モード奏法というのがありますよね。あのイオニアとかは地中海やヨーロッパの古層の音楽ですよね。ジャズやロックの人たちが中近東とかインドの音階を取り入れたことがありますが、その感じはあります。それをこういう民謡とかポップ・ミュージックのレベルで使った例は今までなかったと思うんです。このノルデスチはそういう古層の直径といいますか、古代や中世のマジックを私は感じますね。全然ブラジルのメインストリームじゃないんですけど、500年ぐらいのスパンで見たら自分たちはブラジル音楽のルーツでど真ん中にいるんだ、っていう確信があるんじゃないかな。もっともっと世界に紹介したいし、どんどんこれから出てくるでしょうね。

 


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