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カンバセーションの歴史
 

01: 「スアレバ」サリフ・ケイタ

関口(以下S): 1981 年に設立されたカンバセーションという会社は、当初から積極的にアーティストの招聘をしてこられました。中西さんはそのすべてのアーティストの招聘に直接関わり、自らプロデューサーとしてアーティストのお世話から手配等もやってこられた方です。そこで前半はまず、カンバセーションさんがこれまでに呼んでこられたアーティストをご紹介します。最初は、サリフ・ケイタの 87 年のアルバム『ソロ』から1曲目を聞いていただきました。「スアレバ」、懐かしいですね。サリフ・ケイタは何回呼んでらっしゃるんですか?

中西(以下N):カンバセーションとしては、おそらく5回は招聘しております。一番最初は 89 年です。

S: 90 年の第1回コンダ・ロータにもサリフは招ばれてますが、当時ワールド・ミュージックの中で、サリフ・ケイタは非常に大きな位置を占めていましたよね。

N:そうですね。いまご紹介したサリフの『ソロ』というアルバムを聞いたときには、私自身たいへんな衝撃を受けたものですから、本人に連絡をとって来日をしてもらったんです。

その時のエピソードなんですが、最初に来日したときに、日本人のスタッフと出かけたサリフが渋谷の街頭の占い師に手相を見てもらったんです。そうしたら、その占い師は「あなたは世界を変える力があるので、占い料はいりません」というふうに言っていたそうです。

13 世紀ころに西アフリカ一帯を支配したマリ大帝国の王様にスンジャッタ・ケイタという人がいて、サリフ・ケイタはその末裔と言われてるんです。スンジャッタ・ケイタもサリフと同じアルビノ(先天性白皮症)で身体も弱かったのに、ある日突然パワーを得て強大な帝国を築いたと言われている人です。

アフリカでは音楽をグリ オ以外の人がや るのは大変なことで、そういう意味では、王家の出身で音楽を、それもかなり強いアフリカのアイデンティティを訴えるようなメッセージ色の強い音楽を発信することで、多くの人たちにアフリカの存在が再認識されたんじゃないかなと思います。

S:サウンドもとてもモダンだし、プロダクションもすごく洗練されていますね。サリフと直接お話された日本人は少ないと思うんですけど、どんな感じの人でしたか?

N:まず、伝えたいことを非常に的確な言葉で伝えるんです。ちょっと学校の先生のような感じですね。

S:言葉はフランス語ですよね?

N:そうですね。

S:王家の出身ですし、威厳のある風貌で、すごく厳格そうなイメージを僕らは持っていたんですけど、そうでもないんですか?

N:見た感じは厳格ですが、でもものすごく人間的な人です。女性のことも大好きですし(笑)。

 

2: 「アレ・ルトゥール2」
      フアン・ホセ・モサリーニ=アントニオ・アグリ・タンゴ五重奏団

S :2曲目はアルゼンチンからタンゴのヴァイオリン奏者、アントニオ・アグリですね。

N:アグリは 94 年の初来日のあと 97 年のピアソラ 没後5周年のフェスティバルでも来てもらって、コンダ・ロータには2回出演してるんですけども、このCDはホアン・ホセ・モサリーニというバンドネオン奏者とアグリの二人を中心とした五重奏団です。モサリーニはフランスで亡命した人です。アントニオ・アグリはピアソラ楽団の全盛期に 14 年間バイオリニストを務めました。非常に厳格なピアソラのバンドネオンに対して、アグリは叙情的でつややかな音色のヴァイオリンによって、ピアソラの音楽を高めた人です。

S:このところアルゼンチンづいて個人的にタンゴもたくさん聞いてまして、夜噺でも 11 月に西村秀人さんをお招きしてアルゼンチン特集をやろうと思っているんですけど、いやあこの演奏はとてもコンテンポラリーなアプローチで素晴らしいですね。

N:ピアノはオズワルド・カロというパリ在住のアルゼンチン人。それからレオナルド・サンチェスというギター。ベーシストはロベルト・トルモ、それにモサリーニとアントニオ・アグリというメンバーです。この曲はモサリーニ自身が作曲していますが、ほかにピアソラの楽曲も演奏していて、西村さんをはじめ、みなさんに非常に高い評価をいただいています。

S:タンゴというとピアソラ、っていうお約束がある中で、現代のタンゴはいろんな形で外に広がっていると思うんです。このアルバムもピアソラの呪縛から解き放たれている作品ですね。

N:アントニオ・アグリはピアソラのヴァイオリニストとして日本でも知られていましたけれども、一緒に日本に来たときモサリーニ自身は当時ほとんど無名だったんですよ。

S:モサリーニさんはピアソラと直接つながりがある演奏者ではないんですね?

N:一度だけいっしょに演奏したことがあると言っていた記憶があります。日本公演の時は、アグリだけがアルゼンチンから来日して、あとのメンバーはパリから来たんですが、ほとんど毎年招聘していたので、日本で1年に1回アントニオ・アグリと会えるということで、みんな日本公演の機会をとても楽しみにしていました。

 


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