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カンバセーションの歴史
3: 「 Aa Shuu De Kei-Oo 」フーン・フール・トゥ

S:これはまた場所が一気に飛びますね。トゥヴァという中央アジアの国のグループ。このフーン・フール・トゥについて間単に紹介していただきましょうか。

N:トゥヴァはモンゴルの北に位置する、ロシア共和国のうちのひとつの国です。そこのカイガル・オール・ホヴァリグという、喉声、ホーメイのミュージシャンを中心に結成された4人組がフーン・フール・トゥです。さまざまなパーカッションとそれから馬頭琴などの弦楽器で構成されています。

モンゴルと同じような文化、習慣を持っていて、この曲もお聞きになるとわかると思うんですけども、馬をテーマにした曲なんです。モンゴルの人たちに「あなたは馬に乗れますか?」と聞くのは、とっても失礼なことで、「あなたは歩けますか?」と聞くのと同じことだというくらい、やはり馬とは非常に近しい関係にあるということでした。

S:モンゴルは、お相撲さんとか日本ともいろいろな繋がりがありますが、そういう原野を生きる感じの音楽ですね。巻上公一さんなども随分あちらのミュージシャンと交流してらっしゃいますね。

N:彼らを最初に呼んだのは 98 年で、そのあと4回来日しています。

 

4: 「酒飲む老人の歌」郭英男(ディーファン)

S:4曲目もアジアですね。このディーファンという歌い手は?

N:日本名を郭英男という台湾の人で、エニグマのヒット曲にディーファンさんの声がサンプリングされて、世界中で聞かれるようになったんですね。 78 歳のときにファースト・アルバムをディープ・フォレストのプロデューサーが制作して台湾でリリースしました。日本にいらしたときはすでに 80 歳だったんですけども、その後残念ながら他界されました。台湾のアミ族という少数民族の長老で、バックで歌っているのは馬蘭吟唱隊という、奥さんを含めた4人のおばあさんたちです。平均年齢が 6 5歳くらいのグループでした。

S:僕は台湾で彼のライブをたまたま経験したことがあるんですよ。これはエニグマ風というか、ヒーリングというか、そんなディープ・フォレストっぽい味付けが加えられてますね。『サークル・オブ・ライフ』というのは 98 年のアルバムですか?

N:ええ、日本でリリースされたのは 98 年です。

S:日本では、そのおばさんコーラス隊を一緒に呼んで、彼のヴォーカルを中心にしたコンサートだったんですか?

N:はい、非常にシンプルな形で、アカペラの公演でした。

S:ほお、アカペラで!ひたすらヴォーカルだけを聞かせたんですね。

N:はい。

S:なるほどね。この曲のタイトルは「 Elder Drinking Song 」というと、「年寄りの酒飲み歌」みたいな感じですよね。

N:そうですね。

S:CDはロック・レコードというところから出たそうです。

 

5: 「旅立ちの日」セザリア・エヴォラ

S: 前半最後にご紹介いただくアーティストは、ご存知の方も多いと思います。ポルトガル語圏のカボ・ヴェルテ島からセザリア・エヴォラ。最近も来日していますよね?

N:はい 2001 年に。ただ、初来日をしたのは 92 年です。

S:ずいぶん早かったんですね。

N:当時はワールド・ミュージックのアーティストを招聘をしても、大手のレコード会社にはなかなか協力してもらえませんでした。一緒にプロモーションをしませんかと呼びかけても、数字の見えないものはちょっと……ということで、リリースに踏み切ってくれなかったんですね。

コンサートというのはインパクトの強いものですけども、やはり一過性なので、あるアーティストと長いタームで仕事をするには、来日の次にレコードが出て、またその次の来日につなげるという形でやっていくのが理想なんですね。

それだったらもう自分たちでやろうということで、支部や 89 年クラブクアトロのオープンをきっかけにパルコと一緒にクアトロという名前のレーベルを立ち上げまして、当初は、今はなきフランスのセルロイドというレーベル、ここがをサリフを出し、ユッスー・ンドゥールを出し、そしてセザリア・エヴォラも一番最初にリリースしたんですけれども、そこのアーティストですとか、南アフリカのガロという非常に大きなレーベルとカタログ契約を結びました。その中からセザリエ・エヴォラをリリースして、来日公演を実現させたわけです。

 

 


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