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第二部: ノルデスチ
 

11: 「白い翼」ルイス・ゴンザーガ

N:バイーアの文化は歴史上アフリカの影響が圧倒的に強いわけですが、そのバイーア州の北、ペルナンブーコ州を中心とする北東部を「ノルデスチ」と呼びます。

ここは、アフリカに加えてポルトガルやアラブ、さまざまなヨーロッパの国々、それから先住民族インディオの文化などなどがものすごい勢いで混じっていて、まさにブラジル・ミクスチャー文化の源流と言えるところです。ですから、ものすごく多様な音楽のスタイルや楽器が生まれました。

バイーアの音楽の父としてドリヴァル・カイーミをご紹介しましたが、この北東部の音楽の父と言えばこの人しかいません。ルイス・ゴンザーガ。非常に有名な彼の曲、「白い翼」をまず聴いてもらいました。

F:ブラジルの「第二の国歌」と言われているような曲ですよね。

N:アコーディオンを弾きながら歌うスタイルで、のどかなイメージなんですけど、歌詞の内容はシビアです。ブラジル北東部は荒れた土地が多くて、雨が降らなかったりで、農作物があまり獲れない厳しい環境にあるんですね。

この歌詞も「私は空の神様に訊ねました、どうしてこんなに裏切りが多いのか、白い翼(Asa Branca)までがセルタォン(ブラジル内陸地方のこと)から飛び立ってしまった」と歌っていて、苦しい生活を強いられた人たちの嘆きを代弁しています。

船津さんが言ったように、ブラジルではまさに第二の国歌、アントニオ・カルロス・ジョビンが作ったボサノヴァの名曲よりも、老若男女問わず人々に愛され歌い継がれている曲じゃないかと、僕は想像します。

F:ノルデスチからは多くの人がリオやサンパウロに出稼ぎにいったので、この曲は全土に広がったんでしょうね。

N:そういう人々の気持ちを励ますような曲ですよね。このルイス・ゴンザーガののように、アコーディオンを弾きながら歌って、そこにトライアングルやザブンバという大太鼓が加わった編成で演奏するスタイルを「バイアォン」と言います。

F: ザブンバっていうのは、バイーアで使うマラカサゥンのように 16 インチから 20 インチくらいの大きさがあって、それを輪切りにしたような感じの太鼓ですね。

N:そのバイアォンを中心とするいろんなリズムの音楽をさらにもうちょっと広げたダンス・ミュージックを「フォホー」と呼ぶんですけれど、それがある意味ではサンバ以上にブラジル全土でずっと愛され親しまれているといってよいかと思います。とくに最近はリバイバルして、リオやサンパウロでもフォホーのダンスクラブがオープンしてるようです。

 

12: 「バイヨン踊り」生田恵子

N:バイアォンは、1940年代の後半ぐらいにゴンザーガが世に広めたわけですが、ちょうど'50年前後は、バイアォンが世界中に浸透した時期でもあるんです。たとえば『野生の男』のような北東部をテーマにした映画が公開されて、その中でバイアォンが使われて世界に広まったんですね。

この曲がその証拠で、いきなり日本人なんですが、生田恵子さんというシンガーが1951年に、51年ですよ!ブラジルに渡ってレコーディングした曲を聴いていただきました。ルイス・ゴンザーガが作ったバイアォンの曲を日本語で歌ったものです。

F:これは感動ですね。

N:すごいですよね。「バイヨン踊り」。オリジナルのタイトルは、'Baiao de dois'、「二人のバイアォン」という意味で、日本語に訳してブラジルで録音した、と。51年ですから、サンバだボサノヴァだと言うよりも前に、じつは日本ですでにバイアォンを歌っていた人がいたわけです。

F:じつにすごいことです。

N:この時、生田恵子さんはリオに行って、ブラジルの素晴らしいミュージシャンたちと一緒にレコーディングしたそうです。ルイス・ゴンザーガからもリズムに合わせた歌い方などを実際に指導されたそうで、ですからサウンドは完璧に100%ブラジルなんです。

F:言葉がちがえばもろに昔のフォホーですよね。

N:見事にリズムに乗っている素晴らしい録音ですし、こんな時代があったということも素晴らしい!それだけこのバイアォンという音楽は歴史があって、ずーっとブラジルの音楽の中では親しまれ、愛されてきている典型的な音楽なんです。

 

13: 「ひきがえるの恋歌」ジャクソン・ド・パンデイロ

F:ノルデスチといえば、もうひとり忘れてはならないのが、このジャクソン・ド・パンデイロですね。

N: " パンデイロのジャクソン " 。パンデイロはブラジルのタンバリンですが、それを叩きながら、主にコーコというリズムに乗って歌います。喋くり芸のようにコミカルな歌詞が多くて、まさに辻音楽師のような大道芸人のような方です。

‘50 年代にじつにたくさんのヒット曲を出して、ジルベルト・ジルをはじめ現在のブラジルの歌手も彼の曲をカバーし続けていますが、そのなかでも代表的な曲です。非常に陽気な音楽で、この曲のリズムやスタイルは、コーコというよりむしろバイアォンの方に……

F:近いですね。

N:ちゃんと歌詞があるんですけれど、もともとこういう音楽は、即興で詩を作って楽器を叩いたり弾いたりして歌ったものです。例えば二人で即興でいろいろなことを歌って掛け合いをしたり、まるで歌合戦のように、どちらが格好良い詩をその場で作って歌えるかを競う、といった、ひとつの伝統芸ですね。その代表の人でした。

 

14: 「アスン・プレト」バンダ・ヂ・ピファノス・ヂ・カルアルー

N:次はピファノという楽器です。これは篠笛のような楽器といったらよいでしょうか。

F:横に吹く笛ですね。

N:そのピファノを中心にザブンバやトライアングルなどさまざまな楽器を使って演奏するバンドが、主に北東部の内陸で継承されてきましたが、なかでも最も由緒ある名門が、このバンダ・ヂ・ピファノス・ヂ・カルアルーです。カルアルーというのは北東部ペルナンブーコの内陸にある地名で、そこを本拠として活動しています。これもゴンザーガの曲ですね。

F:この編成だとやっぱり、シンバルがずっと利いていますね、

N:まさに鼓笛隊のシンバルと同じですね。使ってるのは横笛なんですが、ヨーロッパのマーチング・バンドの影響もありそうです。大きな意味ではフォホーのファミリーの一部と言ってしまってもよいのかもしれませんが、じつはブラジル北東部には 6月になるとフェスタ・ジュニーナ、 " 6月のお祭り " と呼ばれるお祭りがありまして。秋口に収穫祭が行なわれるんですね。

で、 6月にはいろんなキリスト教の聖人の祝日がいっぱいあります。例えばサン・ジョアン=聖ヨハネの聖日、サント・アントニオ=聖アントニオの聖日、みんな 6 月の後半に固まっていて、その時期に北東部の内陸では、大きな花火を上げたり、篝火を焚いて甘酒みたいなのを飲んだりとか、こういうバンドが演奏して、みんなで輪になってフォークダンスを踊ったりする、そういうお祭りをやるんです。カーニバルと同じようにずっと続いている伝統的な催しです。

F:さっきも言いましたけど、ノルデスチの人たちはリオやサンパウロに沢山出てきているので、リオやサンパウロでも普通ですよね、フェスタ・ジュニーナっていったら。

 

15: 「コーコ・パラ・バヘイロス」ドナ・セルマ・ド・コーコ

N:ジャクソン・ド・パンデイロのところでコーコという音楽スタイルの名前を出しましたけど、その名もずばり " コーコのセルマさん " という人がいます。パンデイロを持ってニヤリとしている、ものすごいおばさんなんですけれど、まさにコーコを歌う達人です。

F:昔からずっとコーコを歌っていて、相当な人気者だったようですが、'97年にノルデスチのヘシーフェで行なわれるでっかいロック・フェスティバルに出て一躍有名になり、そのあと録音してソロ・デビューしたんですね。

N:ロック好きの若者も虜にしてしまった方です。曲名のバヘイロスはたしか地名ですね。

F:2年ほど前にベルギーのシンク・オブ・ワンというバンドが来日したんですけど、その時彼らはノルデスチをテーマにやっていたので、ブラジルからゲストが来るという。誰かと思ったら、それがドナ・シーラ・ド・ココでした。

N:これは基本的には即興なんですが、歌詞はとても簡単です。歌詞の中に出てくパレイラスというペルナンブーコ州の街は、ブラジルの奴隷解放運動に大きな役割を果たした思想家ジョアキン・ナブーコが生まれたところで、かつてカエターノ・ヴェローゾがアルバム『ノイチス・ド・ノルチ』で、彼の詩を朗読したことがあります。そのジョアキン・ナブーコが生まれたのがこの街なんだ、ということも歌ってましたね。ひとつお勉強になりました(笑)。

F:このコーコというのは、サンバ・ヂ・ホーダと同じように輪になって踊りながら真ん中でパンデイロ叩いて歌ったりします。音楽だけじゃなくて、フォークダンス的な要素もある表現方法です。ちなみに最近日本でもコーコをやる女の子のバンドが登場して、最近すごく人気が出てきています。

 

16:「オリゾンチ」
     マラカトゥ・ナサォン・エストレーラ・ブリリャンチ・ド・ヘシーフェ

N:さてこれは、バイーアのブロコ・アフロと同じように、カンドンブレのリズムから出てきて北東部のヘシーフェを中心に根付いたマラカトゥという舞踊です。音楽スタイルだけではなくて、ちゃんとしたストーリーがあって、リオのサンバパレードと同じように、みんな衣装を着て踊りながらパレードをする。民衆演劇のようなものですね。

F:バイーアのブロコ・アフロとか、リオのエスコーラ・ヂ・サンバみたいなものをイメージしてもらって、それがノルデスチだとこんな風なパレードになるよ、という感じ。

N:マラカトゥには 2 種類あります。いまご紹介したのはマラカトゥ・ナサォンというほうで、ナサォンというのは「ネイション」という意味です。演奏しているのは「ヘシーフェの輝く星のマラカトゥ・グループ」で、「オリゾンチ」、地平線という曲を聴いていただきました。まさに典型的なマラカトゥのリズム。

F:バイアォンのところで紹介したザブンバじゃなくて、もっと長い太鼓を使っていますね。

N:アルファイアといって、サンバに使うスルドという大太鼓と同じ役割りなんですけど、こちらはプラスティックじゃなくて皮で、しかも周りを木で締めてます。

F:縄で縛ってチューニングするんですよね。

N:スルドに比べると残響がすごい短くて、和太鼓の響きにも共通するところがあるかもしれません。我々日本人にとっては、妙な懐かしさもあったりします。僕は3年前のヘシーフェのカーニバルに行ったときに、ナナ・ヴァスコンセロスが中心になったオープニングのセレモニーを見たことがあります。

マラカトゥのグループのパーカッションの子どもたちを 200 人くらい集めて、フル・オーケストラをバックに全員でアルファイアを叩くんですよ。トランス的な効果があって、これは相当はまってしまいました。

F:リオやバイーアよりすごく深いものがありますよね。

 

17: 「マテウス・イ・カチリーナ」メストリ・サルスチアーノ

N:先ほどピファノという横笛の話をしましたが、今度は素朴なバイオリンです。

F:田舎バイオリン。

N:ハベッカという北東部では昔から受け継がれてきている楽器です。そのハベッカが中心になった音楽の典型ということで、ハベッカのマエストロ、メストリ・サルスチアーノの、『ハベッカの夢』というアルバムに入っている「マテウス・イ・カチリーナ」という曲をお聞きいただきました。このゆるいピッチがなんともいえませんね。

F:あとでご紹介するメストリ・アンブロージオが来日したときに、僕はハベッカのチューニングについて聞いたことがあるんです。そしたら「いや、決まりはないんだ」というんです(笑)。

N:ここまでルイス・ゴンザーガから始まっていろいろ聞いてきましたが、アコーディオンの入った音楽あり、今のハベッカのような弦楽器の音楽ありと、ある意味で例えばアメリカのニューオリンズなど中西部の音楽に繋がるところもあるんですよね。

民族はぜんぜん違うんだけど、おそらくヨーロッパから渡った人たちが、アフリカから行った人と出会って、それぞれの要素がミックスして、アメリカではああいったタイプのもの、ブラジルの北東部ではこういう音楽ができた。そんなある種のシンクロニシティがあるような気がしています。ちなみに、この辺の曲の歌詞はすべてコール・アンド・レスポンス形式になっていますね。

 


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