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第二部: ノルデスチ
 

18: 「イーノ・ド・エレファンチ〜フレヴォ・デンゴーゾ」
    ドン・トローショ


N:これは北東部のカーニバルの花形のリズムでありスタイルだとされているフレヴォです。大元はヨーロッパから伝わったマーチング・バンドの音楽で、もともとはインストゥルメンタルだったのが、アップテンポになって歌が入ってきたりして、さまざまな種類のフレヴォがあります。太鼓と管楽器で町を練り歩くわけですが、そのあとを人々がピョンピョン飛び跳ねながら付いていく。その典型のスタイルです。

アルバム・タイトルの「オリンダ」というのはヘシーフェの隣町のことで、フレヴォが盛んなんです。海に近くてミニ・サルヴァドールみたいなところですね。初めてやってきたポルトガル人が、風景のあまりの美しさに「ああ美しい=オー・リンダ」と言ったからオリンダという名前になったという説もあります。

F:それ、たぶん当たってますよね。

N:この曲はフレヴォの典型的なスタイルで、ブラスを中心としたアンサンブルとリズムの上に歌が乗っているんですけど、じつはバンドの前で踊る人たちがいるんですね。バンドがたくさん出てカーニバルをやると、バンド同士が衝突をするので、ボディガード役として踊る人を入れたわけです。

その人たちは、みなさんもご存知だと思いますが、ブラジルの格闘技でカポエイラというのがありますよね、そのカポエイラの名手たちなんですよ。カポエイラのダンスがだんだん変わってきて、色とりどりの傘を振りかざしながらぴょんぴょん飛び跳ねてアクロバチックなダンスを踊るスタイルになった。それがフレヴォのダンスだというわけです。

F:びっくりですね、それはね。

N:バイーアのカーニバルの音楽って、最初はほとんどフレヴォだったようなんです。それがバイーア風味になっていったり、アフリカから来たリズムとミックスされて今のような形に変わってきた。ですからフレヴォは北東部全体のカーニバルのダンス・ミュージックを代表するものだと言えます。

この曲はアップテンポですが、もっとゆったりした日本人好みの泣かせるマイナーなメロディの曲もあって、ヘシーフェのカーニバルに行くとそれをみんなが歌いながらうわーっとバンドに付いていくという風景を見ることができます。バイーアのカーニバルも良いんですけど、ヘシーフェやオリンダもすごく良いんですよ。

F:でも本当にフレヴォってテンポが速いから、踊りが大変ですよね。ぴょんぴょん跳ねてるだけとはいえ。

N:けっこう関節が外れたりしそうなんですけど、このダンスを子どもたちに教えるスクールもあって、ちゃんと伝統芸能を次の世代に伝えていこうとする努力も日常的に行なわれているそうです。

 

19: 「河と橋とオーヴァードライヴ」
     シコ・サイエンス&ナサォン・ズンビ

N:北東部の代表的なリズムやスタイル、楽器をご紹介してきましたが、ここからは、北東部のルーツ・ミュージックをもとに現代的な新しい音楽をやっている人たちを聴いていただきます。トップ・バッターは、シコ・サイエンス&ナサォン・ズンビで「河と橋とオーヴァードライヴ」でした。

F:彼らの登場はほんとに衝撃でしたよね。

N:リズムは典型的なマラカトゥですね。アゴゴがカンキンコンコンキンキクンキンて鳴ってて…

F:後ろで大太鼓を叩いて、

N:アルファイアも鳴ってて、それに乗ってゴーッとジャーマン・メタルっぽいギターを弾いていたり、歌の節回しはコーコとかの喋り芸にも近い。このシコ・サイエンスは、伝統的な要素をミックスしながら社会的なメッセージをヘシーフェから世界に向けて発信しようとした人で、ブラジルでいち早くインターネットのサイト活用したり、電脳時代の先駆けでもあります。

彼らが登場したことによって、ヘシーフェを始めとする北東部からは、伝統的な音楽とロックやヒップホップをミックスした新しい世代のグループが次々に出てきたんですが、残念ながらシコ・サイエンスは '97 年のカーニバル直前に 30 歳という若さで交通事故で亡くなってしまいました。でも彼の遺志を継ごうという次の世代がさらにドッと出たんです。

F:今ヘシーフェで活躍していて、シコ・サイエンスの影響を受けていない人は絶対いませんよね。

N:ヘシーフェだけではなく、リオやサンパウロで尖がった音楽をやっている人たちにも、音楽のミクスチャーというアイディアの上でも精神的にも、ものすごく影響を与えたと思います。まさにノルデスチ新世代の草分けでした。

F:去年、セウ・ジョルジも「俺が一番影響受けたのはやっぱりシコ・サイエンスだ」って言ってましたね。

N:まさにそういう人なんですよね。シコ・サイエンスは亡くなってしまいましたけれど、ナサォン・ズンビというグループは今でもこの路線をずっと貫いて活動を続けています。

 

20: 「ジャッキ・ソウ・ブラジレイロ」レニーニ

N:日本でも有名なレニーニが音楽活動を始めたのは、 20 歳でリオに移ってからなんです。もともとはヘシーフェの出身で、独特のギター・スタイルと、北東部のいろんなリズムや吟遊詩人の歌い方などの要素も取り入れて、文字通りのミクスチャーをずっと続けている人ですね。これは彼がジャクソン・ド・パンデイロを讃えて作った曲で、じつは途中に先ほど聴いていただいたジャクソン・ド・パンデイロの「カンチガ・ド・サポ」の一節もサンプリングされています。

F:かっこいいっすね、今聞いてもほんとに。

N:僕は9年前にレニーニがマルコス・スザーノと初めて来日したときの招聘に関わりましたし、船津さんはレニーニ自身のバンドを日本に呼んでますよね。

F:そうそう、レニーニ・バンドを呼びました。2000年だったかな?

N:この人も口が立つと言いますか、いろんなアイディアがどんどん渦巻いてくる人ですね。

F:まったくです。同世代のブラジルのミュージシャンからは、 " 黄金のペンを持つ男 " と言われてるくらいです。

N:非常に本能的なカルリーニョス・ブラウンに対して、レニーニはやっぱり学習的といいますか……

F:理論派ですよね。

N:つい最近もまた新しいライヴ・アルバムが出たばかりです。

F:『アクースティコMTV』というタイトルで、これがまたすごくかっこいいんですよ。

N:という、レニーニでした。今はリオで活動中です。

 

21:「シ・ゼー・リメイラ・サンバッシ・マラカトゥ」
     メストリ・アンブロージオ

N:メストリ・アンブロージオというのは、北東部の内陸でずっと伝われている民衆演劇「カヴァーロ・マリーニョ」の登場人物のひとりで、それをそのままグループ名にしたバンドのファースト・アルバムから「ゼー・リメイラさんがマラカトゥをサンバしたら」という曲を聴いていただきました。プロデューサーにレニーニが加わっていて……

F:マルコス・スザーノも参加していますね。

N:この曲の歌詞もコール・アンド・レスポンス形式です。後ろではグワーンていうギターが鳴っていて、ところどころで非常に激しいリズムが入ってきます。

F:暴力的なリズムですね。

N:歌のないパートの演奏は、マラカトゥのもう 1 種類、マラカトゥ・フラウ……田舎のマラカトゥという意味です……という民衆芸能の典型的なリズムです。今お聞きになって非常に戦闘的なイメージをお持ちになったかもしれませんんが、実際にマラカトゥ・フラウ自体が戦争を劇にしたものなんですよね。

F:戦争民衆劇のような感じですね。それが音楽にも出ていて、ああいう激しい、暴力的な感じになっているんですね。

N:ヘシーフェで彼らのライブを見たこともあるんですけど、この曲で若い人たちはものすごく盛り上がりますね。リード・シンガーがシバという人で、この曲ではギターを弾いていましたが、実は彼はハベッカも弾きます。たしかメストリ・サルスチアーノの弟子ですよね?

F:だと思います。

N:彼らの曲には、 12 弦ギター的なのどかな吟遊詩人の使うギターと、ロックのギターと、典型的なマラカトゥ・フラウのパーカッションがミックスされています。ドラマーは、もともと地元でヘビメタバンドをやっていた人ですしね。でもものすごくマラカトゥのリズムなどの伝統音楽にも造詣が深いんです。

サルヴァドールやヘシーフェは都会ではあるんだけど、リオやサンパウロに比べると小さいので、いろんな人が出会いやすい環境なんですね。たとえばヘシーフェの旧市街には、地元の若者が集まるバールができて、そこにシコ・サイエンス&ナサォン・ズンビをはじめ、いろいろな人たちが集まってきて、夜な夜な飲みながら話をする中から、新しい音楽のムーブメントが湧き上がってきたようです。

 

22: 「クラッキ・ブラジレイロス」カジュー&カスターニャ

N:さきほどコーコについては、背景に即興詩があるという話をしましたけど、ふたりでパンデイロを叩きながら基本的には即興でいろんなやり取りをするスタイルがあって、これはエンボラーダと言います。カジュー&カスターニャは、そのエンボラーダをやるコンビで、二人の名前は……

F:カジューもカスターニャもカシューナッツ系の木の実の名前ですね。

N:カジューはもう亡くなってしまって、今は息子さんの二代目カジューがカスターニャとコンビを組んでいます。この人たちが全部サッカー・ネタで作った『エンボランド・ノ・フッチボル』という、もうサッカー好きにはたまらない CD がありまして、そこから「クラッキ・ブラジレイロス」を聴いていただきました。「クラッキ」というのは「サッカーの名手」という意味で、ブラジル・サッカーの名選手やクラブチームの名前をいっぱい挙げながら、二人が歌でやり取りしています。

F:このエンボラーダは、南フランスのオクシタニアのファビュルス・トロバドールに本当にそっくりですよね。

N:ファビュルス・トロバドールはトゥールーズのバンドですね。同じようにパンデイロを叩きながらフランス語で掛け合いをする二人組で、実はレニーニとも交流があるんですよ。パンデイロを叩きながらこうやって歌うスタイルっていうのは、僕はもとともはアラブじゃないかなと思っているんですが。

F:たしかにアラブにもレクっていうタンバリンみたいな楽器がありますね。

N:こういった即興の掛け合いは、じつはラップのルーツじゃないかという説もありまして、今の曲にもサンパウロの有名なラッパーが加わったりもしてます。このエンボラーダの詩は、中国の漢文の詩と同じように、文字の韻や言葉の数とかにかなり細かい決まりがあるんだそうです。

 

23: 「フォー・ホップ」
     セルジオ・メンデス( feat. ギンガ & マルセロ・デードイス)

N:北東部のエンボラーダというスタイルがラップと近いのではないか、という話をしたところで、締めくくりにリオの有名なラッパーをご紹介しましょう。マルセロ・ D2( デードイス ) という人。

もともとプラネット・ヘンプというグループのリーダーとしてハードコア・ラップを始めたんですが、だんだんサンバに戻ってきました。インタビューでも、ラップの詩とサンバに使う詩の発想というのはすごく近いんだ、と語ってましたね。それと北東部の伝統的なコーコやエンボラーダの形式ともすごく繋がりがある、と言ってました。

その彼を、いつでも機を見るに敏なおじさま、セルジオ・メンデスさんが新しいアルバムに起用したんです。この曲を創ったのはリオ生まれのシンガー・ソングライター&ギタリスト&歯医者のギンガという人で、その名も「フォー・ホップ」。フォホーとヒップホップをミックスしたものだと思うんですが、ここでマルセロ・ D2 がちょっとエンボラーダっぽい感じのラップをやっています。

F:とにかく北東部の音楽のおいしいところ総取りですね。

N:コーコもあるしバイアォンも入ってるし、それからさっきのピファノのバンドがいかにもやりそうなメロディをリフで使ったり、もうすべてが入ってます。

F:マルセロ・ D2 のラップも、ふだんのとはぜんぜん違う、北東部風のしゃべくりな感じですよね。

N:バイーアでも北東部でも、古くからある伝統的な音楽がこんなふうにちゃんと再生されて今のポップスの中に入っているんです。その辺の幹の太さ、水流の豊かさ、そんな繋がりを、今晩の 20 数曲を通じて感じ取ってもらえると嬉しいです。

F:ノルデスチの音楽を聞く機会は増えてきていると思うんですけど、実は源流はドリヴァル・カイーミだったり、ブロコ・アフロだったり、あるいはノルデスチの多様なリズムにしても、ひとつひとつにルーツがあるんだということをお分かりいただけたらうれしいですね。

N:アフリカだけではなくて、ポルトガルやそれ以外のヨーロッパ、アラブ、そして先住民族……いろんな要素が本当にくんずほぐれつして、そこにまたロックやヒップホップやファンクが自由に入っていける間口の広さ!この国の人たちはほんとうに胃袋が強いんですよね。

F:このタフな消化力はほんとに見習いたいものですね。



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