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01: 「 ジャンジョン 」 ソリ・カンジャ・クヤテ

各務(以下 K ):このソリ・カンジャ・クヤテは、歴史上いちばん最初のグリオとされているクヤテ・ファミリーの一人ですね。

鈴木(以下 S ): 77 年頃に亡くなっていますが、ギニアの大歌手です。

K :コラという 21 〜 22 弦の楽器と木琴のバラフォン、それからンゴニという弦楽器が伴奏に使われています。すごく張りのある朗々とした歌ですが、彼の声は大きなホールでもマイク無しで通ることで有名なんですよね。

S : 2 〜3千人のホールでも、彼の声だけは一番後ろまで届きました。この曲はグリオの歴史の中でも一番すばらしい声と、一番素晴らしいコラ、一番素晴らしいバラフォンの録音で、こういう演奏は今のグリオにはもう出来ないという、貴重な録音だと思います。

K : 73 年なのに、声がとても生々しいですね。グリオの声の力を感じていただけたと思います。

 

2: 「 クランジャン 」 カセ・マディ・ジャバテ

K:このジャバティというのもよく見る名前ですね。グリオの姓(ジャムー)について教えていただけますか。

S: 13 世紀にマリのあたりにあったマリ帝国の王にスンジャタ・ケイタという人がいて、彼の物語にグリオの起源が語られているのでご紹介しましょう−−バッファローを狩る二人の兄弟がいました。兄は恐がって木に登ったんですが、弟は勇気があってバッファローを倒します。そこで兄は「ああ、お前は素晴らしい狩人だ」と褒め称えたんですね。その時からお兄さんがグリオになったわけです。つまり褒め称える人。弟のほうは戦士になり、名字もトラオレとなりました。お兄さんはジャバテと名乗り、これがクヤテの次に由緒正しいグリオの二つ目の名字です。

K :なるほど。このカセ・マディ・ジャバテはジャバテ一族の代表格というわけですね。曲は 90 年に録音された猟師の歌でした。カセ・マディは今でもバリバリ歌ってます。

S :東京の夏音楽祭に出演してすばらしいコンサートをやったこともありますね。いま生きているグリオの中では実力ナンバー・ワン、説得力ナンバー・ワンです。

K :ここで使われているジェンベという打楽器は、マンデやバンバラのルーツだと聞いてますが、グリオの世界ではどういう位置づけなんでしょうか?

S :まず、彼らの音楽世界では、音楽をやるのはグリオだけなんですね。普通の人々は歌を歌っちゃいけないんです。グリオはコラやバラフォンなど独自の楽器を発達させてきました。それに対してジェンベは、村祭りや農作業の時に叩かれるもので、グリオは基本的に叩きません。だから、位は一番低い楽器なんですが、最近は世界的にブームになってきたおかげで、ジェンベ叩きの位はだんだん上がっています。

 

3: 「 ラマニョテ 」 カンテ・マンフィラ&バラ・カラ

S :クヤテとジャバテというふたつの家系を紹介しましたが、グリオにはもうひとつ、カンテという有名な家系もあります。うちのかみさんがニャマ・カンテといって、その家系なんですが、元をたどるとスンジャタ・ケイタにやっつけられたスマオロ・カンテという独裁者の名前ですね。あちらでは父系制を採用していて、 結婚しても夫婦別姓で、子供は父親の姓を名乗ります 。カンテはじつは鍛冶屋の家系です。アフリカでは鉄を作ることはある種の魔法と考えられていて、鍛冶屋は身分で言うと真ん中の「職人」にあたり、歌を歌ってもかまわなかったので、やがて彼らはグリオになったと、そういう流れですね。

K :このカンテ・マンフィラはギニア出身の有名なギタリストで、サリフ・ケイタと長くコンビを組んできた人です。

S :これは二本のギターのインストなので、いくら待っても声は出てきませんよ(笑)。アコースティック・ギターは植民地時代に西洋から入ってきた楽器ですが、あまりにも便利なのでグリオたちがあっという間に自分たちの楽器として使い始めて、コラや木琴のフレーズをそのままギターで演奏したんですね。この曲でも本来ならバラフォンで演奏するリズムをサイド・ギターで弾き、リード・ギターもバラフォンのソロを応用してやっていてるわけです。

K :ギニアやマリの田舎を訪ねると、大家族で住んでる家の中庭でグリオたちがよく演奏していますが、あの感じがすごくリアルに聞こえてくるアルバムですね。曲は地味だし、録音状態もあまりよくありませんが。

S :特にヨーロッパで大ヒットして、 Vol.2 、 Vol.3 まで出てます。アコースティック回帰のブームを作った非常に重要な一枚です。

 


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