桜丘町音樂夜噺 > 第11夜 > お噺:1 / 2 / 3 / 4

2
04: 「タタ・シラ」アミ・コイタ

K :ここで女性の声を聞いていただきました。これは、マリで一番の国民的な大歌手、アミ・コイタが自分で作った代表曲で、マリの人もしくはギニアの人、マンデの人だったら誰もが知っています。

S :打ち込みが入ってますね。

K :これが録音された 89 年ころはシンセサイザーがとても流行っていましたよね。

S :いま我々が聴くと、打ち込みとシンセサイザーを取ればいいのにって思うけど(会場笑)。でも歌は素晴らしい。彼女は言うなれば“マリの都はるみ”ですね。

K :彼女はベンツに乗ってますけど、どなたかお金持ちを褒めて歌って、プレゼントされたベンツだそうですよ。

S:グリオに自分のことを歌ってもらったら、必ずご祝儀をあげなくてはいけないんですよ。ちゃんとあげないと、今度は逆に「誰それはケチだ」って歌われちゃう。とくに金持ちの人はお金じゃなくて車、ベンツを本当にあげちゃったりするんです。小型ジェット機をあげたという話も聞いたことがあります。さすがにもらった方も困ったかも知れませんが(笑)。

 

05: 「サニュニャウレ」カンジャ・クヤテ

K :カンジャ・クヤテはアミ・コイタよりもひと世代若い人で、素晴らしい歌手です。一番始めに紹介したのはソリ・カンジャ・クヤテで、こちらはソリがない、ただのカンジャ・クヤテ。アフリカの音楽を聴いていると、同じような名字と名前の人が多くて頭に入りにくいと思いますが、いったんその世界に入ってしまえばだんだん道は開けていきますので、ぜひ勇気をもって踏み込んでみてください。

S :この曲はほとんど言葉の暴力って感じですね(会場笑)。とてもハード。

K :やたらと人の名前が羅列されていますが、歴史上の重要人物だったり、いま生きている人だったり、いろいろ混じってますね。

S :いっぱい褒めておけば、だれかがベンツくれるかもしれないからね(会場笑)。

K :ここまでは、マリ帝国の子孫であるマンデの人々の社会に代々生き続けているグリオという階級家族、向こうでは“ジェリ”といいますけど、彼らの中にはこういう家族、こういう名前の人たちがいて、こんな音楽をやっているんだ、ということがお分かりいただけたかとおもいます。

 

06: 「ルガール・スール・ル・パセ」ベンベヤ・ジャズ・ナショナル

K :後半は、植民地時代が終わって現在に至るまでの西アフリカで、グリオの伝統的な音楽が、どのように変わってきたのかをご紹介します。まずギニアは鈴木さんの奥様のお国ですね。ブラック・アフリカの中でいち早く 1958 年に独立を果たしました。独立後に大統領になったセク・トゥレが音楽が大好きな人で、音楽を自分の政策の中に生かしたんですよね。

S :独立した直後にセク・トゥレは、字の読めない国民の意識向上のために、伝統的な舞踏や音楽をそのまま活用しようとしたんですよ。音楽では“オルケストル”、つまりバンドを作って、彼らにギニア音楽を演奏させました。その音楽を通じて独立の思想をみんなに歌いかけていった。

K :当時は世界的なキューバ音楽のブームで、独立前のギニアでもギニアの人たちがキューバン・スタイルの編成のままの楽器で、ラテン音楽を演奏してダンスをしていたそうです。そこにギニアの諸民族のエッセンスを取り込んで、とてもセンセーショナルなブームになったんですね。このベンベヤ・ジャズ・ナショナルは、そんな中でセク・トゥレが作った最初期のいちばん有名なバンドです。曲のタイトルは……

S :「過去への眼差し」

K :ですね。 1800 年代の反植民地運動のヒーローだったサモリ・トゥレをうたった叙事詩で、ほんとうは何十分もある長い組曲なんですけど、その最初の部分を聴いていただきました。

S :バンドはキューバ音楽の編成をそのまま使ってます。注目していただきたいのは、サモリ・トゥレのために作られたグリオのレパートリーをそのままバンド形式でアレンジして歌ってるということですね。もうひとつ、リード・ヴォーカルのデンパ・カマラはグリオではありません。つまり独立後のナショナリズムの中で、誰でも歌いたい才能のある人は歌っていいことになった、それを象徴する曲なんです。

 


桜丘町音樂夜噺 > 第11夜 > お噺:1 / 2 / 3 / 4
ページトップ
Copyright 2006 Ongakuyobanashi