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05:「 不良仲間 」ハビエル・カサージャ

N:ここで2曲、ちょっと異色の音も聞いてもらおうと思います。ここ5年くらいの録音の中で聞いてびっくりしたものです。はぁ〜、こんなのもあるか! っていうのを持ってきてみました。

S:どこが変なんでしょう。

N:これがですね、コルネット・ヴァイオリンの多重録音なんです。コルネット・ヴァイオリンは、日本でもたまに演歌のレコーディングに使ったりしますけど、要はラッパの付いたヴァイオリンですね。

S:昔タンゴでも使ってましたよね。

N:そう、この人は昔のタンゴを意識して、わざとコルネット・ヴァイオリンを使ってるんです。ハビエル・カサージャ、33歳。タンゴ界では若いほうですよね。

S:私にとっても若いです(笑)。

N:最近はいわゆるエレクトロニカ系の音楽とタンゴを融合した試みがいっぱいあって、タンゴ・エレクトロニカと呼ばれているんですけど、バホフォンド・タンゴクラブっていう、その中で一番成功したプロジェクトに参加している人なんですね。だからヴァイオリンなんだけど元来ロック系の人。でもタンゴを自分の中にルーツとして持っていて、それを強調するかのようにわざとコルネット・ヴァイオリンを持ち出してきたわけです。

S:なるほど。

N:それを昔風にやるかと思えば、昔でもありえなかったヴァイオリンの多重録音でやったりする。仮想の過去というか、非常に古い奏法で演奏しているし、曲も昔の曲なんですけど、でも現代の技術なくしては構築できない世界。

S:しかもタンゴ・ファンならこたえらえない選曲ですね。

N:そういう古いのか新しいのかわからない面白い試みということで、今日は「マラフンタ=不良仲間」という曲をちょっと聞いてもらいました。

S:けっこう変態のお兄さんですね(笑)。

N:天才と言ってください(笑)。初めて聞いたときはびっくりしましたよ。タンゴ・エレクトロニカに参加していた彼がこういうものもやるのか、って。それにこれ、CD1枚で20分しか入ってなくて、それにもびっくりしました。

 

06: 「 ラ・クンパルシータ 」フェデリコ・ブリートス&エルナン・ガンボア

N:もうひとつ珍盤というか、フェデリコ・ブリートスとエルナン・ガンボアのタンゴ名曲集から「ラ・クンパルシータ」です。

S:エルナン・ガンボア?

N:ええ、彼はベネズエラの民族楽器であるクアトロの名手です。その人がなぜかタンゴというところに驚くんですけど、お相手のフェデリコ・ブリートスという人はウルグアイ人で、ヴァイオリン奏者です。ずーっとアメリカにいてジャズをやっています。

S:名前、聞いたことがあるなあ。

N:自身のアルバムはジャズ寄りなんですけど、サルサのレコーディングとかにもいっぱい参加してますね。

S:これはどこで録音されたアルバムでしたっけ?

N:これは……ブエノスアイレスで録ってますね。ミキシングがマイアミ。アルバム・タイトルの“Tangos en 3x4”は、3分の4拍子のタンゴという意味です。普通タンゴはドス・ポル・クワトロ=4分の2拍子ですけど、ベネズエラの音楽って4分の3や8分の6が多いので、そういうふうにやってるのかと期待したら、なんのことはない、2拍子でした。でもやっぱりジャンル違いの人がタンゴをやる面白さがとても出ている録音で、知らない人はいない「ラ・クンパルシータ」を聞いていただきました。こういう変わったものが出てくると、それはそれでタンゴ・ファンは嬉しかったりするわけです。

S:エルナン・ガンボアは昔からアルゼンチンでアルバム出してたみたいですが、南米の中でこういう行き来があるんですね、やっぱり。

 

07:「 コラレーラ 」グスタボ・ベイテルマン

N:この辺でまた本筋に戻します。今まで聴いてきたように、若い人も出てくるし、いろんな試みもあるんですけど、当然、長年タンゴをやってきた人も黙っているわけではなく、ここからはベテランの底力を実感させる3枚をご紹介したいと思います。まず最初はピアノのグスタボ・ベイテルマン。

S:バンドネオンのフアン・ホセ・モサリーニとかと一緒にやっている人ですね。この人はパリにずっと住んでいるんですか?

N:そうです。元々ピアソラのグループでキーボードを弾いていて、そのままパリに居付いちゃった。81年からモサリーニとコンビを始めて、92年までトリオでやってたのかな。今61歳で、ずっとパリにいるんですけど、最近ブエノスアイレスに時々戻ってきて、新しい世代の人たちに初めて発見された、というと変ですけど、ずっとパリにいたので、若い人たちはベイテルマンを知らなかったんですよ。

S:かえって日本のほうが両方から情報が入ってきますもんね。

N:ベイテルマンが帰ってきたら、いやこの人すごいじゃないかって若手に逆に見出されて、若い人のプロデュースで2004年に出したピアノ・ソロのCDがこれです。ぶっ飛んでますでしょ? 「コラレーラ」っていう曲は古くてテンポの速い曲なんですけど、原曲と比べると、かなりぶっ飛んだジャズ的なアレンジをしてますよね。なるほど若者たちに衝撃を与えただけのことはある、とっても独自の感覚です。

S:元々これはタンゴじゃなくてミロンガの曲ですよね。

N:ミロンガのテンポですね。ちょっと速めの曲ですけれども。

S:ピアソラと違うことがやっと始められたな、っていう。

N:そういう動きの一翼を担った人が、ソロだとこうなるというのがとても驚きでした。

S:今61歳の人が若手世代に取り上げられるっていうのは、また時代が受け継がれていくということなんでしょうね。

N:面白いですよね。グスタボ・ベイテルマンはタンゴ学校を作って、そこで編曲を教えたり、演奏したりという活動もしています。そこではタンゴでのオーケストラ演奏を勉強する若手音楽家のためにオーケストラも作ってもいます。

 

08:「 アムラード 」フリオ・パネ&フアンホ・ドミンゲス

N:もう一人、フリオ・パネ。彼はずっとブエノスアイレスに住んでいて、私もインタビューを取りに行ったことがあります。行く前から変人だよって聞いていたんですが、行ってみたらやっぱり変人でした。

S:どんなタイプの変人なんですか?

N:えーと、とにかく喋ることが気まぐれにあっちこっちへ行っちゃうし、絶対時間どおりには来ない。なにか不思議な人でしたね。アルゼンチン人にはそういう人が多いので、取材に現れてくれただけラッキーでした。最近になってこの人の特異な、天才的なバンドネオンのスタイルがまた注目されてきています。今日はここ5年内の録音という条件にしたので、ギターのフアンホ・ドミンゲスとの曲を聞いてもらいました。フアンホ・ドミンゲスは何度も来日していますが、やっぱり天才ですね。

S:ツキノワグマのようなギタリスト。って体型のことですけど。

N:どうしてあんなに太い指であれだけ速く弾けるのか、っていう。

S:ムクムクの熊のような腕でブルルルルルって速弾きをする。

N:その二人が組んだというので私はすごくびっくりしたんです。後日談を聞いたら、フアンホ・ドミンゲスは「フリオ・パネと録音するのは本当に大変だった」って。へとへとになったらしいです。でも、その結果こんな素晴らしいものができたわけです。じつに伝統的なスタイルですけど、すごいテクニックを持つベテランの底力ということで、全編丁々発止の「アムラード」を聞いてもらいました。1920年代の古い曲です。

S:いつものフアンホ・ドミンゲスよりもバリバリ弾き過ぎてなくて良いかも。

N:私は向こうでフリオ・パネのソロのライヴを聴いたこともあります。バリバリに弾いてて、もう、目が点になっちゃいましたよ。その代わりいつ始まるかわからないし、2曲だけ弾いたら友達のところに行って飲み始めたり、マイクの調子が悪いって言って止めたり、なかなか大変でしたね。そのソロを聴いても、パネはこれと同じなんですよ。だからフアンホ・ドミンゲスが合わせたんですね、完全に。

S:私、こうやって人の様子を見ながらつけているフアンホのほうが好きかも。

N:この人がバックをつけることだけでも、かなりすごいですよね。フリオ・パネは元々譜面が読めなかった人だし。

S:そこが昔のタンゴの人たちの良さでもあったんですけどね。

N:フリオ・パネはその流れを引いている、ほぼ最後の世代です。

S:昔のタンゴの人は、演奏をしたあと朝になったら血だらけで溝にはまっていて目覚めたとか、そういう逸話があった頃のやさぐれた時代の雰囲気がまた良いんですよね。

N:彼がすごいのは、今の若手バンドネオン演奏者のほとんどが彼の生徒なんですよ。パネは教えるのがものすごく上手いんです。

S:意外ですね。

N:日本には来たことがないので、向こうまで見に行くしかないという人でもあります。

 

09:「 エル・マルネ 」ニコラス・レデスマ

N:さて、前半のラストはニコラス・レデスマというピアニストです。レオポルド・フェデリコというバンドネオンの大家の楽団で弾いていますが、今40歳ですから、中堅どころの一番下ぐらいの人です。この人もかなり素晴らしいピアニストで、インタビューしたこともあるんですが、人柄も良くて、パネとは対照的でした。ユーモアもあるし、この人も教えるのが上手いんです。そのレデスマがやっと自分のグループを組んで、2004年にアルバムを作ったんですね。彼が好きな古いタンゴのオンパレードなんですが、その中から「エル・マルネ」という1919年頃の曲をどうぞ。バンドネオン、ギター、ピアノ、ベースの四重奏でやっています。アコースティック・ギターを入れるあたりが彼の好みなのかな。

S:気持ち良い演奏ですね。

N:この人はレオポルド・フェデリコの大所帯でやっているから、タンゴのリズムをとても重視しているところがあります。とくに叩いてないところでも、ズンズンズンというタンゴのビートというかスウィング感が気持ちいいリズムですね。さすがです。

S:なにかドーンとくる重さがありますよね。心地よくなってしまいました。

 


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