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10: 「 デスプエス 」アリエル・アルディト

N:後半の最初は歌です。タンゴには歌と演奏と踊りがあるわけですけど、実際のアルゼンチン人のCDリリース点数からすると、歌が断然多いんです。

S:あ、やっぱりそうですか。

N:7割ぐらいは歌なんですよ。歌手が自分で作ったCD−Rも新譜と考えての話ですけど、特に女性歌手が多い。ところが日本のファンは歌よりも……

S:演奏をお好きなファンのほうが多いですよね。原語では歌詞を理解するのが大変という問題もありますし。

N:でも現地ではやっぱりタンゴの懐メロ層が厚くて、とくに1940年代の歌に人気があるんです。

S:名曲がいっぱい出てきた時期ですね。

N:カルロス・ガルデルの時代だった1920年代にも名曲がたくさん生まれましたし、そのへんを聞きたいというアルゼンチン人向けに、歌のCDはとてもたくさん出ているんですね。今日はどうしようか、かなり考えたんですけど、面白いものを男性と女性ひとりずつだけ聞いていただくことにしました。まず男性から。アリエル・アルディトは、日本にも2回来たことのあるオルケスタ・エル・アランケという若手タンゴ楽団の専属歌手だった人です。レパートリーはやはり1920年代から1940年代のいわゆる懐メロで、ギター2本という伴奏スタイルもとても昔風のものです。伝統の再評価のひとつの動きと言っても良いかもしれませんが、今年、2006年に初めて出したソロ・アルバムから「デスプエス」をお聴きいただきました。こういう、あまり叫ばないタイプの歌い方は最近の傾向ですね。

S:シンガー・ソングライター的な語りっぽい感じ。いわゆるイタリアン・ベルカントみたいなのはだいぶ減りましたよね。

N:声量とか音程よりも、ちゃんと語れるほうが正しいと言って、すごく再評価する動きが強いんです。

S:そっちに流れてかえって美声歌手の領域がすごく狭まったというか、そういう新人がそんなにいないとも聞きますよね。

 

11:「 苦い果実 」リディア・ボルダ

N:このリディア・ボルダという女性歌手も、そういう最近の歌の典型というか、証拠のような人です。

S:語り系ですか?

N:ええ、本当に語り系ですよ。本人もとても繊細な神経の持ち主です。これは3年前のアルバムで、10曲目を歌っていたアリエルが専属だったエル・アランケが、今度はこちらの伴奏をしています。曲も1940年代の作品で、しばらく忘れられていた曲ですね。そういう曲を掘り出してくるというのが、また最近の伝統再評価の傾向と言えると思います。

S:詞も作曲も、この2曲は作者が同じですよね。作詞はタンゴ詩人、いわゆるモダン詩人ですね。

N:あ、まったく気が付いてませんでした。本当に偶然です。前奏がワンコーラスたっぷりあって長いのは、1940年代のスタイルなんですよね。たっぷり踊ってから歌になるんです。その辺もまた伝統の尊重ということでしょう。

S:語りというよりも、わりと正統派っぽく歌ってますね、このお姉さん。

N:女性らしい歌い方の系統ですよね。女性歌手にはふたつ系統があって、ひとつはタンゴの歌は元々男性のものだから、っていう価値観で男勝りに歌うもの。

S:ちょっとマッチョっぽく、衣装も男のなりをしてね。あれ、かっちょいいんですけどね。

N:それとは別の系統の、女性らしい女性の歌もあって、このリディアはこっちですね。

S:こういうシックな感じのお姉さんは、ちょっとシャンソンにも通じるような。

N:最近増えてきましたよね。どちらもレパートリーは古いんですよ。つまり、新しいタンゴの歌があまり生まれてない、というのはちょっと気になります。

 

12:「 火祭りの踊り 」レオ・スハトビッチ

N:ここからの2曲は、タイトルでお分かりの通り、また変な演奏を挟んでみました。「火祭りの踊り」はスペインのマヌエル・デ・ファリャが作曲した、いわゆる民族派クラシックの名曲ですね。もう1曲はビートルズの「エリナー・リグビー」。こうやって聴いてみるとタンゴって、ラテンなどに比べてアレンジをしないんですよね。

S:タンゴにはスタイルに対する誇りがあるからですかね?

N:音楽的にやりにくいというのもあるでしょうけど、やっぱり誇りなんでしょうね。このレオ・スハトビッチっていう人も、次のダニエル・ガルシアっていう人もベタベタのタンゴ畑じゃありません。

S:スハトビッチはどこ系の人ですか?

N:はっきり覚えてないんですけど、東欧だったような気がします。スハトビッチは映画音楽をやってきたピアニストで、ダニエル・ガルシアもジャズでもテレビの音楽でもなんでもやるピアニスト。でも親族にタンゴのミュージシャンがいたりして繋がっているわけですよね。その境界線にいるのを生かして、こういう面白いことをやっているという。

S:他のジャンルだったらありそうですけど、タンゴにはちょっと珍しいタイプ。

N:ファリャのほうは、フリオ・ボッカというアルゼンチンの国際的なバレエ・ダンサーが、スペインでファリャの作品をタンゴのテンポで踊るっていう企画があって、そのためにスハトビッチがやったものなんですけど、うまい具合にタンゴになっています。こういうリズムにしちゃうと全部タンゴになるよ、っていう気もしなくはないですが、でもやる人がいませんから。

S:火祭りの踊りはジュンバ風みたいですね。

N:でもなかなか面白い発想じゃありません? トリオにバンドネオンが加わってるんですけど、これはさっきのパブロ・マイネッティです。

 

13:「 エリナー・リグビー 」ダニエル・ガルシア・キンテート・タンゴロコ

N:さて、ダニエル・ガルシア。お父さんのミト・ガルシアはとても有名なピアニストで、そんな関係もあってテレビの仕事も多い人です。タンゴロコっていうロックっぽいグループを組んだら、ある曲がアルゼンチンでヒットしたドラマの主題歌に使われてすっかり有名になりました。じつは今日のための選曲をすませたあとに最新作が出て、それがなんと『Rock en 2 x 4』というロック曲集なんです。チャーリー・ガルシアとかスピネッタとか、アルゼンチンの名だたるロックスターたちの作品をカヴァーしてるようです。企画物ではなくて売れているというあたりがとても面白いですね。この「エリナー・リグビー」が入っているのは『タンゴス・デ・リバプール』というアルバムです。そうそう、彼はフォルクローレのフリア・センコの元旦那です。97年に日本に来たこともあります。

 

14:「 クリオージョの誇り 」プーロ・アプロンテ

N:ここからは、タンゴのグローバリゼーションといいましょうか、ヨーロッパの流れをちょっとご紹介しましょう。アルゼンチンはヨーロッパととても繋がりが深くて、アルゼンチンの人はアメリカじゃなくて、まずヨーロッパを向きますからね。

S:そうですね。ヨーロッパというかパリへの眼差しのほうが絶対強いですもんね。リバプールに行っちゃう人はいないと思います。

N:アルゼンチンから渡った音楽がヨーロッパで定着して、そこからまたいろいろな音楽が生まれたんですね。たとえば日本で昔「コンチネンタル・タンゴ」と呼んでた音楽も、元はそうやってアルゼンチン・タンゴがヨーロッパに根付いて洗練されたものです。今日は、それとは違った意味でタンゴの国際化を表す例をふたつ聞いていただきます。ひとつめはプーロ・アプロンテというグループです。すごくマニアックなタンゴ曲のタイトルから名前をとってるあたりからして、かなりキテますね。ピーター・レイルとロバート・シュミットの2人組です。

S:どこの人なんですか?

N:CDがドイツで出ているから、ドイツでしょうね。とするとペーター・レイルとロベルト・シュミットかな? この人たちは1990年代からずっとアルゼンチン・スタイルでタンゴを演奏する努力を続けてきたんですが、ついにここまで来た! というのがこのCDです。とくにアルゼンチンに滞在して修行したわけでもないのにアルゼンチン・スタイルを習得した、ひとつの例ということで取り上げました。ヨーロッパ人の演奏もここまで来たか、っていう。

S:今は世界的なタンゴのネットワークっていうのがものすごい充実してますからね。

N:この人たちが面白いのは基本的に1940年代の演奏スタイルをマニアックに追求しているところなんです。

S:やっぱり40年代全開ですね。

N:オーケストラでやっていることを、ピアノとバンドネオンの二人でやってしまおうという。タンゴを初めてお聞きになる方には、アルゼンチンらしいかどうかはあまりピンと来ないかもしれませんが。

S:考えてみれば日本でも同じように、とってもアルゼンチンっぽくやっているミュージシャンもいるわけですから、ヨーロッパ発だからって馬鹿にしたもんじゃないですよね。

N:日本のミュージシャンも変わってきましたよね。情報のネットワークのおかげで距離感が近くなったというのは言えると思います。

 


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