桜丘町音樂夜噺 > 第12夜 > お噺:1 / 2 / 3 / 4

4
 

15:「 黒人のカンドンベ万歳! 」タンゴ・ネグロ・トリオ+ダニエル・ビネリ

N:このタンゴ・ネグロ・トリオはヨーロッパで活動している人の中で、どうしても紹介したかった人です。

S:いったい何者でしょう?

N:主役はフアン・カルロス・カセレスというアルゼンチン人で、1968年にフランスに移住した人です。一時はピアソラのコピーみたいなことをやってたりもしたんですけど、最近になって、バリバリと新しいことをいろいろやり始めて、それがじつに面白いんです。最新作は何とタンゴ・エレクトロニカだそうで、もう70歳になるおじいさんとは思えないんですが、今日ご紹介するのは、彼がタンゴの中のアフリカ的なルーツと考える、ウルグアイのカンドンべという音楽をテーマにしたCDです。

S:辺境へのこだわりということですね。

N:面白いですよね。このトリオにはカルロス・ブスチーニっていうアルゼンチン人が参加しているんですが、この人はイタリアに住んでいて、ガイア・クアトロっていう日本人ふたりとのユニットのバンドのメンバーでもあります。アルゼンチン人二人にヴァイオリンの金子飛鳥さん、それにパーカッションのヤヒロトモヒロさんの4人組です。ブスチーニはジャズ系の人ですけど、このトリオではそこにダニエル・ビネリのバンドネオンが加わるんですね。ビネリもカンドンベの現代化を追求してきた人でもあるので、そのへんが聞きどころです。

S:こういうアルバムが出るってさすがフランスですよね。

N:自由ですよね、そういう意味では。本当にタンゴにここまでアフリカ的なルーツがあるのかとなるとちょっと疑問なんですけどね。これもどこか仮想のルーツ構築みたいな面がありそうです。カセレス自身のボーカルも、何かブルースみたいですしね。

S:このおじさんヴォーカルが主役なんですね?

N:ええ。この人は本当にユニークというか多才というか、でもやっぱり海外だからできることかもしれませんね。

 

16:「 マル・アレアード 」オルケスタ・ティピカ・フェルナンデス・フィエロ

N:次は、タンゴの大巨匠であるオスバルド・プグリエーセのスタイルを今に受け継いでいる人たちの演奏です。プグリエーセは1989年に最後の日本公演を……

S:やりましたね。楽団の解散公演でした。

N:その1995年に亡くなって、そのあとも彼の楽団に在籍していた人たちは活動を続けていますが、それとは別にプグリエーセを生であまり聞いたことがないはずの若手が、タンゴ表現のひとつの究極としてプグリエーセ・スタイルをやり始めているんです。CDを何枚か出している楽団だけでも、ここで紹介するフェルナンデス・フィエロのオルケスタ、それにオルケスタ・ティピカ・インペリアルとオルケスタ・ティピカ・ラ・フルカと3つあります。すべてまったくの若手で、30代真ん中くらいまでの人たちなんです。

S:どうしてプグリエーセに辿りついたんでしょうね?

N:タンゴの昔のスタイルを極めてみようとしたときに、やっぱりプグリエーセがいた、ってことじゃないですかね。

S:リズム感とかたしかに魅力ありますからね。

N:簡単にはできそうにないものに敢えて挑戦してる、という面もありそうです。

S:難易度は高いですもんね。

N:それとグループの共同体的な絆の強さへの憧れもきっとあると思います。この楽団には取材しましたが、すごく若くて突っ張ってる人たちでした。しかもフェルナンデス・フィエロっていうメンバーがいるわけじゃないんです。誰? って聞いたら「我々の精神的なリーダーである」とか言っていて、なんだかヘンなんですよ。

S:あ、じゃあこれはユニット名で、リーダー無しでやってるんだ! その変態ぶりはちょっと出てますね、この演奏にも。

N:ものすごい演奏力と集中力を必要とするこのプグリエーセ・スタイルを聞いていただいたわけです。ピアニストの作品を選んだので、さらにすごい感じになってますけど。

S:生か死か、ぎりぎりの刹那というか断末魔みたいな感じで、プグリエーセに憧れてるのもわかりますね。

N:バンドネオンは全員髪を振り乱して演奏するわ、舞台には訳の分からない装飾品は置いてあるわで、かなりきてるんですよ。アフロ・ヘアの奴もいたりして。

S:見たら夢が壊れちゃうかもしれない。

N:でもいっぽうでタンゴの垢みたいな部分を大切にしていて、下町のストリートでコンサートを毎週やっていたりもするんです。

S:地元のみなさんはそれを暖かく受け入れているんですかね。それよりも何よりもオリジナルのプグリエーセを聞いていただいたうえで彼らを聴くと、なにをやりたいのかがよく分かるでしょうね。

N:すごいパワフルですよ、この連中は、本当に。

 

17:「 エル・バケアーノ 」バレ・タンゴ

N:最後の2曲は落ち着いたタンゴのほうに戻ります。

S:ほっとさせていただきましょうか。

N:今日は最初の2曲で、いま現在のタンゴを聞いてもらったんですが、あれがポスト・ピアソラの音なのに対して、最後は、より伝統をリスペクトしたスタイルで非常に頑張っているグループをふたつ紹介して終わろうと思います。曲目もいわゆる古典タンゴです。

S:まさに名曲ですね。

N:「エル・バケアーノ」のほうはちょっとマイナーですけど、2曲とも昔の通りではなくて、彼らなりのアレンジというものを施して新しくしています。演奏者はやっぱり20代から30代くらいの若者ばかりですね。まず、こちらはバレ・タンゴというグループで、ピアノのアンドレス・リネツキーというユダヤ系の人が取り仕切っている、とても良いグループです。来日も近いかもしれません。彼らが出した古典タンゴの作曲家バルディの作品集から、「エル・バケアーノ」でした。

S:ちゃんとおじいちゃんも踊れる演奏というか、じつにちゃんとしてますね。ほっとします。

N:いろんなことをやる人がいるけれど、若手もちゃんとできますよ、っていうところですよね。

S:しかも、アグスティン・バルディ曲集に目をつけるあたりがえらい。

N:ちゃんと遺族の協力も得て、古い曲を掘り出したりしてるんですよ。アルゼンチンの経済危機以降に出てきた、自分たちの伝統にもう一回立ち返る、ピアソラも含めて古典として考えていくっていう傾向がとてもよく出たバンドだと言えると思います。

 

18:「 エル・チョクロ 」ビセベルサ

N:最後は、タンゴの古典中の古典「エル・チョクロ」を聴いていただきました。ビセベルサというグループの演奏で、これが彼らの初めてのCDです。

S:ビセベルサってどういう意味ですか?

N:ラテン語で「逆に」「反対に」という意味です。彼らにはインタビューしたばっかりでして、ラウタロ・グレコとエミリアーノ・グレコという兄弟が中心になっているバンドで、お父さんがパブロ・グレコっていう大変有名なバンドネオン奏者なんですね。だからタンゴの二世、三世なわけですけど、まだ20代前半という若さなのに、初CDにしてはびっくりするぐらい完成された音を持っています。

S:ジャケットもジャケ買いしそうな感じのかっこよさですね。

N:彼らはキンテート、つまり五重奏でして、ここでまた最初に出てきたキンテート編成に戻るわけなんですけど、ここではよく聞きなれた「エル・チョクロ」のメロディに、新しいアレンジを施して、なおかつタンゴの枠をあまり踏み出さないあたりのバランス感覚が、デビューCDにしては素晴らしいですね。それぞれの技量を上手く発揮しながら、ひとつのグループにするには、やっぱりキンテートが良いのかな、という意味ではピアソラは実に正しかったのかもしれません。

S:やはり、キンテートならではの音、キンテート・レアルとか、歴代のキンテートと同じ、この編成ならではの良さですね。

N:さて、今日は、「これがタンゴだ」ではなくて、「こんなのもタンゴだ」というものをたくさん聴いていただいて、タンゴのイメージが少しでも変われば良いかなと考えて選んできたんですが、どうでしたか?

S:こういうのを1曲ずつ聞く機会ってないですからね。これまではジャケ買いがしにくいジャンルだったので、アルバム単位で聴くときの参考にできるんじゃないかなあ、と。こういったものから入って、だんだん昔の、それこそオリジナルのプグリエーセなども聞いていただけると楽しいかも、です。

N:ここに至る前の125年間に山ほど名演があるわけですから。

S:ものすごい黄金時代があって。その宝物を徐々に……

N:紐解いていく楽しみというのを味わっていただきたいな、と。

S:バリアフリーでタンゴに入っていくためのお話でございました。

 


桜丘町音樂夜噺 > 第12夜 > お噺:1 / 2 / 3 / 4
ページトップ
Copyright 2006 Ongakuyobanashi